学校紹介
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Education Policy
建学の精神 スクールポリシー
本校は、仏教、特に親鸞聖人の浄土真宗のみ教えに基づく教育を行うことを目的とし、創設者、津田明導の「自然に目覚め、自然に進め」を建学の精神としています。本校では、この理念のもと、いのちを尊び、他者と共に生きる心を育む教育を大切にしてきました。そして、生徒一人ひとりが安心して自分と向き合い、自らの可能性を見つめ、新しいことにも挑戦していくことのできる学びを実践しています。
受け継がれてきた心の教育を礎としながら、多様な価値観が共存するこれからの社会においても、自ら考え、他者と協働しながら未来を切り拓いていく人材の育成を目指します。
グラデュエーションポリシー
本校では、高校生活での学びや体験を通して、以下のような力を身につけ、社会の中で他者と共に生き、未来を担う人材となっていることを目標とします。
カリキュラムポリシー
本校では、自らを律し他者を思いやる力を土台に、確かな学力を基盤として、生徒一人ひとりが課題を発見し、自ら考え、他者と協働しながら未来を切り拓く力を育むため、教科学習と探究活動、学校生活のすべてを通して次のような目標のもと実践します。
アドミッションポリシー
本校は、「自然に目覚め、自然に進め」という建学の精神のもと、自らの可能性に気づき、他者と共に成長していこうとする生徒を求めています。
本校では、次のような思いや姿勢を持つ生徒の入学を期待しています。
School Evaluation
School History
| 1900(明治33)年 1月1日 | 津田明導(浄心寺出生)が「甘露育児院」を開院し救世の業を興す |
|---|---|
| 1923(大正12)年 4月1日 | 「私立淳和女学校」を創立 |
| 1924(大正13)年 3月31日 | 「甘露育児院」を閉鎖 |
| 1925(大正14)年 4月15日 | 「岡山県淳和実科高等女学校」を創立。津田明導が校長(初代)に就任 |
| 1928(昭和 3 )年 4月1日 | 「岡山県淳和実科高等女学校」に「淳和女子職業学校」及び同専攻科を併設 |
| 1943(昭和18)年 4月1日 | 「岡山県淳和実科高等女学校」を「岡山県淳和高等女学校」に改名 |
| 1944(昭和19)年 4月1日 | 「淳和女子職業学校」を「淳和女子商業学校」に改名 |
| 1945(昭和20)年 4月7日 | 「岡山県淳和中学校」を開校 |
| 1946(昭和21)年 2月15日 | 津田明導、85歳で没す |
| 1946(昭和21)年 3月10日 | 津田栄二が校長(二代)に就任 |
| 1948(昭和23)年 3月31日 | 新学制により「岡山県淳和高等女学校」「同淳和女子商業学校」を「淳和女子高等学校」とする |
| 1948(昭和23)年 7月8日 | 「財団法人淳和学園」を創立。津田栄二が理事長に就任 |
| 1951(昭和26)年 3月31日 | 「淳和女子専門学校」を創立 |
| 1951(昭和26)年 4月1日 | 「岡山県淳和中学校」生徒募集停止 |
| 1957(昭和32)年 4月1日 | 「淳和女子専門学校」生徒募集停止 |
| 1979(昭和54)年 10月6日 | 津田昌一が「淳和女子高等学校」校長(三代)に就任 |
| 1980(昭和55)年 1月31日 | 津田昌一が「学校法人淳和学園」理事長に就任 |
| 1997(平成 9 )年 4月1日 | 「淳和女子高等学校」を男女共学とし、「黎明高等学校」に改名 |
| 2002(平成14)年 5月30日 | 「龍谷総合学園」加盟 |
| 2003(平成15)年 4月1日 | 津田昌一が「学校法人淳和学園学園長」に就任 |
| 2003(平成15)年 4月1日 | 津田謙二が「学校法人淳和学園」理事長、「黎明高等学校」校長(四代)に就任 |
| 2006(平成18)年 4月1日 | 津田美津子が「黎明高等学校」校長(五代)に就任 |
| 2006(平成18)年 4月6日 | 津田哲子が「学校法人淳和学園」学園長に就任 |
| 2007(平成19)年 4月1日 | 「黎明高等学校」を「岡山龍谷高等学校」に改名 |
| 2021(令和 3 )年 4月1日 | 相沢孝彰が「岡山龍谷高等学校」校長(六代)に就任 |
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